中山律子
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◎演 題
「さわやかボーリングのすすめ」
「ボウリングを通して人とつながる、一緒に育つ」
◎経 歴
群馬県草津町に生まれ、3歳のときに一家の地元・鹿児島に転居。鹿児島女子高時代はバレーボールの選手で、インターハイ、国体に出場した。
鹿児島でOL生活の後、昭和42年大阪で開催されたボウリングのビッグトーナメントに出場し、2位(優勝は須田開代子)。
同年東京タワー・ボウリングセンターにスカウトされて上京し、44年須田らとともに第1回女子プロテストに合格。
45年東京・府中市の府中スターレーンで行われた8月度女子プロ月例競技会決勝で、日本女子プロ初の公認完全試合(パーフェクトゲーム,300点)を達成。
翌年シャンプーのCM「律子さん、律子さん、さ・わ・や・か律子さん」が茶の間に流れると、さわやか律子さんとして爆発的な人気を集め、ボウリングブームのシンボルに。
人気の中山、実力の須田といわれ、ボウリング界を盛り上げた。
49年結婚し、一女の母に。54年のトーナメントで優勝してカムバック。その後はサンスクエア・ボウルでコーチをする傍ら、地方トーナメントに参加。
58年膝を故障するも再び復活。62年ジャパンオープン準優勝。
平成元年11月には引退を発表するが、怪我を乗り越えて、再起。6年には5年ぶりにトーナメント戦で上位入賞を果たした。優勝回数33回。
日本プロボウリング協会幹部としてボウリングの発展に尽力した須田が7年に57歳の若さで亡くなると、須田が昭和51年に発足させたジャパン・レディース・ボウリング・クラブ会長を平成10年から継承。
16年女性としては初の日本プロボウリング協会会長に就任。
◎中山律子の著書
※ランクB(A50万円まで、B100万円まで、C101万円以上、Dご相談、交通費滞在費等別)